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米菓かたさ度推進プロジェクト
代表 杉田氏
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お米の話 その12
---「石高」のはなし
「石高(こくだか)」ってなあに?
テレビの時代劇などで、「加賀百万石」のように「○○石(こく)」という表現がみられます。 これは「石高(こくだか)」といって、江戸時代に藩(大名家)などの歳入を、「お米を基準とした単位」で表現したものです。 江戸時代に大名と呼ばれた家は、「石高が一万石以上」という条件を、原則として満たしている武家のことでした。 では、「石高」とはいったいなんだったのでしょうか。
「石高」の歴史は?
一般に「石高」という表現が使われるようになったのは、安土桃山時代、豊臣秀吉の時代のことです。それまでの鎌倉~室町時代の武士は、「貫高(かんだか)」という様に「貫(一貫は銅銭千枚)」という当時の通貨単位で自分の領地の収入を表現していました。貫高が普及した理由には、年貢(税)を農民から徴収する際に、現物の「米」ではなく「銅銭」で納めさせる場合があったことや、物々交換で対応しきれないような地域との交流などにより、貨幣経済が徐々に発展していった時代背景などがありました。
同時に、もう一つ大事な要素があります。それは、お米を量る単位である「升」のサイズが、全国でまちまちであったことです。日本全国を統一する過程で、織田信長や豊臣秀吉は、長さの単位(尺)や重さの単位(升)の統一も全国的に進めました。これは日本全国を対象とした統一的な検地を実施し、配下の武士(大名)達に対し「その収入に応じた労務提供」を義務づけるために必要なことでしたが、全国に徹底させるだけの力(古来「度量衡の単位制定は強力な王権の象徴である」という考えがあります)を自分が持っていたことの証明でもありました。
併せて、畑で収穫される米以外の農作物や海産物についても米に換算し直して石高で表示された結果、「石高」という制度が浸透していきました。また一方では、諸大名の領土が大きくなりすぎて、「何千万貫」という表現におけるインフレがあり呼びづらかったこと、当時の日本では十分な銅銭の製造・確保が出来なかったことなどの時代背景もありました。
江戸時代に入り、銅銭の供給が安定した後も、貨幣の価値が変動相場制であった(江戸系経済圏では金貨〈小判〉が、大阪系経済圏では銀貨〈秤量銀貨〉が、また庶民の間では銅貨〈銭〉が使用されるなど、使用する貨幣自体も異なっていました)こともあり、日本全国で絶対的な価値を持つ『米』を基準とした単位「石高」は明治時代まで使用されました。
「石高」の中身は?
1合(約180ml)を基準とし、10合=1升、10升=1斗、10斗=1石となり、1石は当時の成人男子の年間消費量にほぼ相当しました。 このサイズは、江戸時代に幕府が「枡座」を設けて管理したこともあって、約300年間守り続けられました。 もちろん実際は食事以外の消費(支出)もあるため、あくまでも原則論ですが、これは百万石の領地であれば、百万人までは生きていける事を意味します。 つまり、石高=最大人口であり、これが軍事力の基準でもあったのです。また、当たり前の事ですが、百万石の大名家だからといって十万石の大名家の十倍の経費が掛かるわけではありません。 現代同様、当時の大名家(藩)の運営にも固定費というものがあるため、小大名は経済的に弱くなり、小大名家ほど余裕が生まれにくくなります。 幕末期に中小の大名家から後世に名を残す偉人があまり出てこなかったのは、そこの辺りにも遠因があるようですね。では、大名クラスではない収入の低い武士たちは、お米と無関係な経済活動していたのでしょうか? もちろんそんなことはありません。 次回はそのあたりのお話しをしましょう。
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この記事に関する感想
石高ですか知りませんでした、勉強になります。
投稿者 15ポンド : 2010年04月15日 12:56
何気なく、耳にしておりましたが勉強になりました。
投稿者 10番 : 2010年04月15日 15:28
石高と言われると難しく考えてしまいます。
投稿者 島流しの宮 : 2010年04月15日 18:44
年間消費量が石だったのですか。米の取れる量であるとは思っていましたが、勉強になります
投稿者 千葉ドラ : 2010年04月18日 14:13
1石が成人一人のお米の消費量とは勉強になります。
投稿者 砂漠の狐 : 2010年04月19日 11:38
石高って聞き流していたけど、石高の話しに興味が伺われますね。
投稿者 んだっちゃ : 2010年04月19日 14:06
1合って年間消費量の1000分の1に相当するんですね。
1食あたり1合弱なんでけっこう食べられますね。
投稿者 ここあ : 2010年04月19日 17:33
ムズガシイハナシ!! キタ━(゚∀゚)━!!!!!
投稿者 ソンナノカンケーネ : 2010年04月19日 23:32
昔は、知恵のあるものとそうでない差は歴然としていた世の中、賢い人が支配していたものとよくよく関心します。
投稿者 多摩ちょび : 2010年04月20日 15:06
お米ですごいですね!
投稿者 たま : 2010年05月05日 14:20
良く聞きますが、これ程とは凄いですね。でも、この時代によくも米が取れたんですね。農民の力はやはり強いですね。
投稿者 かっつん : 2010年05月06日 08:47
次回も必ず読みます。
投稿者 ほんとにいいの : 2010年05月10日 07:22
なかなかおもしろい話でした。
投稿者 パンダ : 2010年05月12日 10:41
確かに、石高の多くそして経済のやりくり出来ている藩からは、多くの後世に名を残す偉人を輩出してますね。
「薩長」がその代表ですね。
投稿者 ダイエットスイマー : 2010年05月14日 10:20
石(コク)って結構大きな単位だったんですね。正直升(しょう)の上くらいかと思ってました^^;
投稿者 チャースケ : 2010年05月24日 15:50
一石の、意味がよくわかりました。
投稿者 秋田小町 : 2010年05月29日 17:14
詳しい意味まで分からずにいました。
すごくタメになりました。
投稿者 ざい : 2010年06月03日 19:18
さっそく、家族に話して、少し鼻♪高々♪♪
ありがとうござまーす♪
投稿者 向日葵の種 : 2010年06月07日 17:58
正しい理解などできていない漠然として口にしていました。
そのような歴史があってのことなんですね!
ありがとうございました。。。
投稿者 ナダラー : 2010年07月05日 19:41
なるほど・・・よくわかりました
投稿者 ぴーこ : 2010年07月19日 08:53
お恥ずかしいですが理解してなかったです…。大変勉強になります!!
投稿者 T.W : 2010年08月18日 09:11
なるほど!
勉強になりました。
投稿者 ぐうすけ : 2010年08月23日 17:51
読み返えすにつれ、昔のお百姓さんの苦労が分かります。
投稿者 多摩ちょび : 2010年09月12日 11:40
半年以上経っていますので、そろそろ更新をしてほしいのですが・・・・?????
投稿者 ラッキースリーセブン : 2010年10月24日 22:56
ぼくもたのしみにまってます!
投稿者 シナモン : 2010年11月05日 22:51
です!お次は?
投稿者 多摩ちょび : 2010年11月14日 11:00
すきっ腹の‘しおにぎり’おいしいです。
投稿者 多摩ちょび : 2010年11月19日 19:31


