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米菓の親せき(2)
悲しい話じゃ。わしの昔々の友人のそのまた友人の兄弟から聞いた話じや。これが、日本で端午の節句に粽を食べる習慣になったのと関係があるのよ。
春秋戦国時代(紀元前771~紀元前221年)中国の南方で勢力を誇った「楚」という国(後に秦に滅ぼされる)の政治家で詩人の屈原(くつげん)の話じゃ。
この屈原は立派な人で、秦の謀略を見抜き、踊らされようとする王様を必死で諫めたが受け入れられず、楚の将来に絶望して汨羅(べきら)というところで入水(じゅすい)自殺したのじゃ。
民衆から慕われていた屈原を民衆がとむらい、魚が屈原の遺骸を食って傷つけないように、ササの葉で包んだ米の飯を川に投げ入れたのじゃよ。
屈原がなくなった日が5月5日、つまり端午の節句じゃ。このため、いまだに日本でも中国などでも端午の節句に食べるという訳じゃ。
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屈原(´;ω;`)ブワッ
投稿者 シナモン : 2009年6月29日 07:35
昔々にその様なお話があったとは、悲しいお話ですよね!
投稿者 島流しの宮 : 2009年6月29日 08:38
霰 せん兵衛さんは本当に色々何でも
知っていてすごいです。
すぐネタが尽きるのかなと思っていたら全然その気配がないです。
本当にすごいです。
投稿者 砂漠の狐 : 2009年6月29日 10:45