- 2011年10月(1)
- 2011年09月(3)
- 2011年08月(4)
- 2011年07月(7)
- 2011年06月(11)
- 2011年05月(1)
- 2011年04月(2)
- 2011年03月(4)
- 2011年02月(4)
- 2011年01月(7)
- 2010年12月(13)
- 2010年11月(6)
- 2010年10月(6)
- 2010年09月(7)
- 2010年08月(14)
- 2010年07月(14)
- 2010年06月(11)
- 2010年05月(16)
- 2010年04月(14)
- 2010年03月(9)
- 2010年02月(5)
- 2010年01月(6)
- 2009年12月(11)
- 2009年11月(12)
- 2009年10月(13)
- 2009年09月(9)
- 2009年08月(10)
- 2009年07月(12)
- 2009年06月(10)
- 2009年05月(12)
- 2009年04月(11)
- 2009年03月(10)
- 2009年02月(9)
- 2009年01月(13)
- 2008年12月(14)
- 2008年11月(16)
- 2008年10月(20)
- 2008年09月(19)
- 2008年08月(25)
- 2008年07月(26)
米菓の親せき(2)
悲しい話じゃ。わしの昔々の友人のそのまた友人の兄弟から聞いた話じや。これが、日本で端午の節句に粽を食べる習慣になったのと関係があるのよ。
春秋戦国時代(紀元前771~紀元前221年)中国の南方で勢力を誇った「楚」という国(後に秦に滅ぼされる)の政治家で詩人の屈原(くつげん)の話じゃ。
この屈原は立派な人で、秦の謀略を見抜き、踊らされようとする王様を必死で諫めたが受け入れられず、楚の将来に絶望して汨羅(べきら)というところで入水(じゅすい)自殺したのじゃ。
民衆から慕われていた屈原を民衆がとむらい、魚が屈原の遺骸を食って傷つけないように、ササの葉で包んだ米の飯を川に投げ入れたのじゃよ。
屈原がなくなった日が5月5日、つまり端午の節句じゃ。このため、いまだに日本でも中国などでも端午の節句に食べるという訳じゃ。
| 感想を書く (3) | トラックバック (0)
このエントリーのトラックバックURL
http://blog.c-mam.co.jp/cgi-bin/mt-tb.cgi/8222
この記事に関する感想
屈原(´;ω;`)ブワッ
投稿者 シナモン : 2009年06月29日 07:35
昔々にその様なお話があったとは、悲しいお話ですよね!
投稿者 島流しの宮 : 2009年06月29日 08:38
霰 せん兵衛さんは本当に色々何でも
知っていてすごいです。
すぐネタが尽きるのかなと思っていたら全然その気配がないです。
本当にすごいです。
投稿者 砂漠の狐 : 2009年06月29日 10:45
米野カオリンバックの中には、いつもお菓子が! 米菓の話題でみなさまの心を癒します~♪ |
![]() |
| カオリンの記事はこちら |
|
油田あげ太郎ボクの趣味は食べること。一番好きな食べ物は、もちろんおせんべい! |
![]() |
| あげ太郎の記事はこちら |
|
霰 せん兵衛他人はわしのことを、仙人(煎人)と呼ぶ。若いもんに昔ながらの煎べいを伝えていこうと考えておる。 |
![]() |
| せん兵衛の記事はこちら |
|
| お気に入りブログ |
![]() 堤香苗のほんねのはなし |









